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ふじのくに静岡通訳案内士の会

通訳案内士の仕事および観光情報を発信しています。 お問い合わせはshizuoka-guide@e-mail.jpまで

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『寄せ書き日の丸』 

『元米兵日章旗返還』に際して市内観光及び記念行事のお手伝い』

12月5,6日に元アメリカ軍人のケネス・アドスタッド氏(92歳、イリノイ州在住)が
来静しました。
ケネスさんは第2次世界大戦中に第4海兵師団の伍長として、
戦車への弾薬や燃料の補給を担当し、1944年6、7月に北マリアナ諸島の
サイパン、テニアン島で戦闘が行われた時に、
日本兵の遺体から日章旗などを「記念品」として持ち帰りました。

ケネス3    ケネス2

近年になり、保管しておいたそれらの品物を遺族に返還したいと願うようになりました。
日章旗の寄せ書きの会社名や個人名から西伊豆町周辺に関わりが深いことが判明しましたので、
静岡県の協力を得て今回の来日が実現しました。
関係機関の懸命の調査にもかかわらず、残念ながら戦死した日本兵(遺品の持ち主)や
ご遺族にたどり着いてはいません。
そこで返還された遺品25点は静岡市葵区の護国神社にある「遺品館」に展示されることとなりました。 

 5日は、静岡市内の観光が行われ、通訳案内を担当させていただきました。
午後の時間を利用して、静岡浅間神社、日本平より富士山の眺望、
しずおかO-CHAプラザでのお茶体験などを楽しんでいただきました。

ケネスさん


また、日本平ホテルでは朝日新聞の取材を受けました。
このような取材に立会う機会に恵まれ、当時のサイパン、テニアン島の様子、
また遺品を持ち帰った状況など貴重なお話を伺うことができました。
なににもまして、ケネスさん御一行は、日本平からの素晴らしい富士山に大満足でした!

6日は、静岡県庁舎で、関係者、協力者、旧軍人会、遺族会、県庁職員の面々が
ケネスさんをお迎えしての懇談会、知事を交えて日章旗返還セレモニー懇談が行われ、
アメリカ横田基地メディアを含め各マスコミ報道陣で一杯でした。 

ケネス2

ケネスさんは、日章旗をはじめ写真、手帳、帽子等を大切に持参されました。
特に、日章旗は、持ち主がきっとそうしたように、懐にしっかり畳んで入れていたのです!

2015年夏で戦後70周年を迎えます。
「OBON2015」というキャンペーンで異国に眠っているすべての日章旗を
70周年のお盆までに故郷に戻したいと頑張っておられる方々がいます。
今回のケネスさんもこの運動を知って行動されたのです。

セレモニーを無事終えて、日章旗と遺品はご遺族が発見されるまで全て
「護国神社・遺品館」に奉納管理していただくために、ケネスさん御一行、旧軍人会の皆さんが
夕刻、護国神社に向かいました。

宮司様は、温かい笑顔でお出迎えくださり、ショーケースの中に、
今回の日章旗をしっかり納めていただき、ケネスさんも安心のいい笑顔です。
多くの「寄せ書き日の丸」が家族のもとに帰ることを、また二度とこのような悲劇が
生まれないことを心からお祈りしました。

ケネスさんは、日本の関係者の皆様のご尽力に深く感謝するとともに
「自分の残された時間を考えると、今日本の遺族に遺品を返還することは、私の使命(mission)である。
日本人にとって、このような品がどんなに大切なものか、今は十分理解しているので、
もし遺族に会えたら当時の状況についてお伝えしたい。」
と語っていた眼差しが、とても優しく印象的でした。

今回は貴重なシーンに出会えて、感慨深く、又先人たちのおかげで
私たちが今あることに、しみじみと感謝する
いい機会をいただきました。

ありがとうございました。
                               by Prudence&Akiko

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第24回 国連軍縮会議 at 日本平 

第24回 国連軍縮会議in静岡 ~成功の裡に幕を閉じる~

第24回国連軍縮会議in静岡が、1月30日から2月1日まで
静岡市清水区日本平ホテルで開催されました。

ふじのくに静岡通訳案内士の会からは、7名の英語部員がサポート通訳と
エキスカーションのガイドを担当しました。
参加者の受け入れ業務、誘導、進行補助などの仕事を行い、
会議の運営に携さわらせていただきました。

軍縮会議は、国連アジア太平洋平和軍縮センターが主催し、
静岡市、外務省が協力して実施されました。
本会議は1988年に竹下総理大臣(当時)が国連主催軍縮会議の日本での開催を提唱し、
翌年より各地方都市で毎年開かれ今回で24回目を数えます。

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今回の会議には世界16カ国と3つの国際機関より研究者ら約80名が参加し、
「人道上の問題と核兵器」、「原子力と核セキュリティ」、「市民社会の役割」、
「軍縮・不拡散教育」などのテーマに基づきパネルディスカッション形式で
熱心な議論が行われました。
最終日には、大学生や高校生による「世界学生平和会議」が開かれ、
国際社会への力強い提言がなされました。

各セッションに抽選で選ばれた市民の傍聴者130名も参加し、
軍縮・平和への高い関心を示しました。
会場には、連日総計1000人余りの市民の皆様で賑わいました。

会議参加者の皆さんからは、日本平からの荘厳な富士山、清水港の佳観、
静岡の特産品を生かした日本平ホテルの特製メニューに賞賛の声が上がりました。

私たちも改めて静岡の素晴らしさを再発見し、静岡人として誇らしくもありました。

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このような大規模な世界会議に携わるのは、私たちにとって初めての経験であり
不慣れな点もありましたが、スタッフの皆様のご理解とご協力に支えられて、
地元のアピールや観光のお手伝いができたことは大きな収穫でした。

この会議で学んだことを、今後の海外からのお客様のご案内に活かしていきたいと思います。

今回の会議開催が静岡県の知名度アップに繋がり多くの方が、
静岡に来ていただけるよう私たちフュージョンのメンバーも
更に研鑽に努めたいと願っています。

By Prudence



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4/14 台湾台東県学生訪日教育団の小山高校訪問 

4月14日、台湾台東県の4つの高級中学(日本の高校にあたる)の学生71名(他に引率の先生10名)が駿東郡小山町にある小山高校を訪問しました。

御殿場線の足柄駅は、周囲を山に囲まれた無人駅で、小山高校はここからさらに急坂を徒歩で15分ほど登ったところにある富士山の眺めがすばらしい学校です。到着早々に予定が早まって学生たちを乗せたバスがまもなく着くとの連絡を受け食事もそこそこに学校側とざっとの打ち合わせをすませ訪問団の到着を待ちました。

台東県は、台湾の南東部に位置し、経済の発達した西海岸沿いと異なり交通の便がわるく、経済的には立ち遅れた地方ですが、その反面自然が美しくい所だそうです。団長の林校長先生によると、台東から国際機場(飛行場)までバスで7時間の道のり、日本(成田)までは3時間のフライトだったそうです。学生たちは数人の例外を除いて純朴そのもので、顔だけ見ていると日本の学生とほとんど区別がつきません。あえて違いを捜せば学生たちは、男女ともスラックスで、制服の上着には個人番号が刺繍されている点くらいです。

歓迎式のあと台湾人学生は、各班に分かれて小山高校学生と一緒に授業を受けたり、部活に参加したりしてつかの間の日本の高校生活を体験しました。各HRでは、生徒たちにより折り紙やたたこ焼きの実演など遠来の朋友を迎えるための工夫と熱意が感じられるものでした。

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体育館での全校交流会では、小山高校側のブラスバンド『ど演歌メドレー』の演奏と台湾側の『オリジナルダンス』が圧巻で万雷の拍手をあびていました。

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学生たちは、すぐに打ち解けて筆談したり、メールを交換し合ったりして時のたつのを忘れたかのように楽しんでいました。帰り際には、『ここに残っていた~い!』などの声もあり、小山高校側としてもきっと交流会の成功を安堵されたものと思います。

学校交流の通訳をして毎回思うのですが、子供たちには言葉の壁はありませんね。国際感覚を身に着けるためにも静岡の学校が修学旅行として富士山静岡空港から海外を目指してもらいたいものです。  

by 阿栗



 
 

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春節 

今日、2月14日は旧暦では1月1日、中国や台湾をはじめ東南アジアの中国系住民の社会で最大の年中行事である春節です。きびしい冬がようやく過ぎ、やがて来る光り輝く春を迎える喜びを表現する―――――これが春節なのです。

 春節と言えば、むかし暮らしたことのある北京のことを思い出します。春節前の真夜中、突然耳を覆いたくなるような轟音が鳴り響きました。これは、春節の午前0時を期して街中の人々が外に出て一斉に爆竹を鳴らすからなのです。 日本では、中国のように国を挙げてのお祭りはありませんが、日本に住む彼らに少しでも故郷の雰囲気を味わってもらおうといろんな団体によってささやかな春節の会が各地で開かれています。

静岡でもアイセル21で静岡市日中友好協会主催の春節の会が開かれました。 会場の壁には、春節を祝うめでたい春聯や倒福が張られ春節の雰囲気を醸し出しています。

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福の字がさかさまに張ってあるのは、別に間違えて張ったわけではなく、倒(さかさま)と到(くる)という字が中国語で同じダオという発音であることから福をさかさまに張って“福が来る”を表したものです。

主に中国の北部では春節のときは餃子を食べる慣わしがあります。餃子の形は昔のお金の形に似ていること、餃子を両手でぎゅっと握る姿が“交わる”を表すなどめでたいものとしてこれを食べます。餃子と言っても日本のような焼き餃子ではありません。中国人の皆さんの指導で小麦粉を練って作った皮で包んだ本格的な水餃子です。ちなみに日本の焼き餃子は、戦後満州から引き上げてきた人たちが独特の工夫を凝らして広めた日本独特な食べ物なのです。

このほかに中国の歌の会の皆さんによる中国語の歌の合唱や太極拳の団体演技披露などが行われ会の進行に花を添えていました。静岡ではなかなか中国語を使う機会が無い私にとっては、別の意味でとても有意義な一日でした。


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by 阿栗

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