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ふじのくに静岡通訳案内士の会

通訳案内士の仕事および観光情報を発信しています。 お問い合わせはshizuoka-guide@e-mail.jpまで

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1/21 グリンピア牧之原、お茶の郷  訪問記 

昨夜来の雨の影響で、空はどんよりと鉛色の厚い雲に覆われ、今にも雨が降りそうな雲行きの中、私は菊川の駅に降り立ちました。 ここで愛知県、岐阜県のメンバー総勢7人と落ち合い、Oさん、Nさんの車に分乗して一路グリンピア牧之原を目指すことになりました。実は今回、私は東海中国語通訳ガイドスキルアップ研究会に飛び入りで参加させてもらったのです。

菊川のこのあたりは、去年の駿河湾地震の揺れが一番ひどかった所で、地震の数日後に通った時は屋根をブルーシートで覆った家が散見されたのですが、今はそれも見当たらなくなっていました。東名高速道路と平行するように車は進んで行き、いくつかのアップダウンを繰り返しながら車窓の両側にたくさんの茶畑が広がる牧の原台地の中央部に出ました。このころ悪い予感が的中し、雨が降り出してきました。今はお茶の時期ではないので茶畑は暗い緑の縞模様が連なる殺伐としたたたずまいを見せており、光り輝く新緑の時期を迎えるにはまだ3ヶ月ほどの時間を待たなければなりません。

グリンピア牧之原はこのあたりでは一際目立つ高い、大きな建物で、まるでお茶畑の海に浮かんだ船のブリッジのようでした。グリンピア牧之原は、製茶工場、冷蔵棟、レストラン等の施設からなり、予約すれば係員の方に工場を案内してもらえます。メンバーの皆さん(私以外は女性)は説明を熱心に聞き、メモを取り積極的に質問をしていました。この熱心さはわれわれ男性はかなわないもので、通訳案内士に女性が圧倒的に多いのも頷けることです。

静岡はお茶の生産が日本一で日本の総生産量の約半分を占めており、中でもここ牧之原は静岡最大の生産地になっています。静岡人は日本で一番お茶を飲むとされていますが、私を含めてお茶についてどの程度知っているかと聞かれるとはなはだ心もとない限りです。お茶はその収穫の時期により、新芽の出始める4月下旬の一番茶、順に二番茶、三番茶、9月下旬の四番茶まであるそうです。立春から数えて88日、“夏も近づく八十八夜”の一番茶が品質、値段ともに最高級で、順次等級が低くなり、四番茶になると番茶、ほうじ茶などに利用されます。

茶葉は昔は手摘みされていたのですが、今は特殊な場合を除いてほとんどが機械摘みになっています。茶刈機はアルミフレームと刃にモーターのついた簡単な構造ですが、持ってみるとかなり重く、茶農家の人の重労働が想像されます。家族で茶業を営んでいる農家では、モーターの付いた重いほうをお母さんが、軽いほうをお父さんが持つのだそうです。茶葉の摘み取りを深くなく、浅くなく一定の高さにコントロールするため、軽い側で舵取りをするからです。作業を軽減するため自走式の茶刈機も使われ、その場合はお茶の木はかまぼこ型でなく角型に刈り取られるので一見してわかるそうです。

 刈り取った茶葉は、荒茶工場に送られ“蒸す”“揉む”の作業を受けます。『なぜ蒸すのですか?』という質問に、お茶にはもともと発酵を促す酵素が含まれており、これを蒸すという作業で失活させることによって不発酵の緑茶になるということです。ちなみにこの作業は中国語では“殺青”(中国では釜で煎る)と言われ、非常に短時間で行われます。この作業の良し悪しが茶品質を決めると言っても過言ではなく、30~40秒を浅蒸し、90~120秒を深蒸しと言い、強い風の中で育ち葉の厚い牧の原の茶葉はほとんどが深蒸しされます。お茶には緑茶の他に少し発酵させたもの、完全に発酵させたものがあり、それぞれ白茶、青茶(ウーロン茶)紅茶、特殊なものとして黒茶(プ-アル茶)と称されます。“揉む”は葉に傷をつけ水分を飛ばしやすくするためで、荒茶工程が終わった茶葉はもともとの五分の一の重さになります。再生工場では篩い分けが行われ、茎の部分(茎茶)葉の部分(煎茶)粉の部分(粉茶)に分けられ、適当にブレンドして冷凍保存されたのち包装出荷されます。


ここで正しいお茶の入れ方   

①水は完全に沸騰させる
②60~70度に冷ます
③茶葉にそそぐ
④最後の一滴まで絞りきる

せっかくいいお茶を頂いても入れ方を間違えれば 
美味しく頂けませんね

 



グリンピア牧之原を後にして、お茶の郷に向かいました。お茶の郷は静岡富士山空港に近く、飛行機の待ち時間の利用としては優位な位置にあります。寒いなか中国語担当のAさんが表まで出迎えてくれました。彼女は中国残留孤児の家族として来日され、大変苦労された方です。かつて外国人児童支援の仕事をしていた関係で私は彼女の娘さんを通じて以前からの顔なじみです。今こうして自分の特技を生かして活躍されている彼女の姿を見るのは喜ばしい限りです。


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写真提供:静岡県観光協会


お茶の郷には博物館、茶室と庭園、レストラン等があり、博物館ではお茶の歴史、世界各国のお茶の展示、抹茶作りの体験などができます。茶室は小堀遠州の手による京都伏見奉行官邸と石清水八幡宮瀧本坊の様式を復元したもので、庭園と白壁の向こうに晴れていれば富士山が借景できるすばらしい眺めです。ここで日本茶道の御手前を受けることができますし、着物の貸し出しもあります(ただし別料金500円)。Aさんによると外国人観光客は博物館にはあまり興味を示さないが、茶道と着物は大評判だそうで、これはガイドをやる私たちには大いに参考になりました。レストランで遅い昼食を取りましたが、いくつかの韓国人団体が食事しており、静岡もなかなか国際的になってきたなといった感じでした。

すべての見学を終え、施設の一室を借りて各自がそれぞれ調べてきた事柄についてのプレゼンテーションを行い本日のすべての活動を終了しました。帰路に付くころには明るくなった東の空に富士山がうっすらと姿を見せてくれました。

by 阿栗




                         

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12/5 ICIT学会御一行様 通訳案内 No.2 

静岡市グランシップで行われたIT学会参加のお客様を2つのコース(静岡市内コース、富士山周辺コース)に分かれてご案内しました。前回の鈴木担当によるコースレポートの第2弾です。今回は杉山・濱井が担当した富士山周辺コースについて報告します。

 このコースには外国からのお客様27名、日本の大学関係者3名の総勢30名が参加されました。IT関連の世界学会だけあって、参加者の出身国はアメリカ、イギリス、スイス、オランダ、イタリア、中国、韓国、インドと様々でした。英語という一つの言語を通じて、この多国籍集団に日本の文化、静岡県の良さを知っていただく絶好のチャンスと我ら2名張り切り、いろいろな準備をして当日を迎えました。

12月5日は、12:30に会場のグランシップ前を出発の予定が、15分遅れの出発となりました。当日キャンセルした方、また直前にコースを変更された方などがいらしたため、お名前や人数の確認に手間取ってしまったのが、原因です。通訳ガイドとしてこのような仕事も短時間でこなせなければ、観光案内はできないのだと不手際を反省しつつ、遅れのお詫びでツアーがスターとしました。午前中なんとかもっていたお天気が、東名高速に乗った頃から、無常にもぽつぽつと雨になりました。(杉山手作りのテルテル坊主の奮闘も空しく、彼女の努力が実ったのは、ツアー終了直前でした。)

 自己紹介に続いて、手作りの地図を広げて、日程説明(富士川楽座―白糸の滝―富士山本宮浅間大社―清水ドリームプラザにて駿河湾すし会席―静岡JR駅)を終える頃、バスから駿河湾が見えてきました。本来なら伊豆半島が見えるはずですが、何も見えず残念。(この本来ならここから○○○が…というせりふを何回使ったことか。誰の行いが悪かったのでしょうか。)駿河湾は水深2,500m、桜海老、高足蟹、シラスなどの宝庫などと説明し、「皆様の本日のお夕食が泳いでいます。」で本日の初笑いをゲット。せっかく静岡に来ていただいたのだから、静岡県を知っていただこうと、観光スポット、温泉、産業、特産品などを紹介しました。そうこうするうちに15分の遅れを取り戻し、最初の訪問先富士川楽座に到着。富士川楽座は東名きっての広大なサービスエリアです。ここからの富士山の姿は素晴らしいので、富士川を望む展望台で説明をする予定でしたが、雨のため急遽車内で行いました。

ここで、45分休憩。思い思いに自由時間を楽しんでいただきました。バスに戻られたスイスの方が 「日本のチーズを試食したが、なんであんなに柔らかいのか。」と聞かれ、返事に困る一幕も。また オランダの方から「変わった種類のコーヒーを見つけた。日本のコーヒーか。」と聞かれ、よく見てみると缶に、Fireの文字が。「普通のコーヒーです。ただの名前です。」というとがっかりしていました。また、「これは暖めて飲むのか。」と聞かれ、冷たいコーヒーを飲む習慣がないのだから確かにそう思うのも無理もないです。ましてや名前がFireなんですから。そういえば、以前「Pokari Sweatってなんかの動物の汗が入っているの。」と聞かれた事を思い出しました。また、チューハイが何だか分からずジュースだと思って買って飲んでしまった方も。

 その後、バスは一路白糸の滝に向かい、予定通り15:00に到着しました。このころから雨が本降りになったため、音止めの滝、白糸の滝の説明はバスの中で事前に行いました。雨の日を想定して拡大コピーした写真や絵を用意しておいたので、曽我兄弟のあだ討ちの場面などはけっこう臨場感たっぷりに説明できたのでは、と自分なりに思っています! あだ討ちなどという日本的な武士階級のしきたりがどの位理解していただけるのか、自信はありませんでしたが皆様、私の話術のせいか?真剣に聞いてくださいました。後で、スイスの方から「その物語はどこにドキュメントがあるのか。」と聞かれ、「鎌倉幕府が作成した文書に載っている、また当時の庶民はほとんどが文字が読めなかったので、この物語は版画になっている。」などと答えてから、想定外の質問に「はて?それでよいのか。ガイドの仕事はどんな質問にも、臨機応変に答えられなければ務まらないな。」と実感した次第です。

 次の目的地、富士山本宮浅間大社に到着したのは、暮れなずむ16:00でした。雨はやや小降りになっていましたが、神道の説明や仏教との違い、浅間大社の歴史、祭神については、バスの中で事前に説明。 まずは、鳥居をくぐるところで「今から境内に入るので、ここで礼を正して下さい。」と申し上げると一同シーンとなり、神妙な雰囲気のまま参道を歩き、楼門に到着。左右の随身の説明をすると、インドの方から「インドでは右側の人のほうが位が上だ。」と教えていただきました。国によって違うものですね。この大社の現在の建物は、関が原の戦いに勝利した家康の寄進によるもので、本殿の桧皮葺の屋根と「流れ造り」と呼ばれる浅間造りの建築様式に特徴があります。全国に1,300ある浅間神社の本宮だけあって、夕暮れにたたずむ建物の美しさは格別で皆様も厳かな雰囲気にすっかり魅了されていました。祈りの場であるだけでなくこのような優れた文化財を有することを日本人として心から誇りに思いました。

いよいよ拝殿でお参りすることになりました。皆様に5円玉を2つプレゼントさせていただきました。一つは賽銭箱へ、もう一つはご利益がありますようにと本国へお土産に持っていってもらいたいという願いからです。「お賽銭は最低5円ですが、10円払えば、ご利益が十分(=10)、つまり倍になるので実は多いほど良い」と説明すると大笑いが起きて、すこし緊張していたムードが和やかになりました。拝礼の仕方をお教えして、「どんな願いでもかまいません」と前置きして、「たとえばlove romanceとか」と言った所で、再び大笑いが起こりその後、皆様それぞれの願いを込めて、お参りを済まされました。神様、いろいろな言語を聞き分けて下さったでしょうか。
 

その後アメリカ人の方から、「なぜ日本人は、神道と仏教の両方を信じることができるのか。町はクリスマスの飾りがいたるところにあるがキリスト教は信じてないのか。」という質問があり、日本人の現代の宗教観について説明しましたが、確かにこの混合ぶりは外国の方からみると、不思議ですよね。

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(左端の赤い傘が濱井代表)

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 17:00に大社を出発し、夕暮れ迫る駿河路をバスはひたすら、すし会席が待つ清水エスパルスドリームプラザに向いました。そのバスの中でおりがみ講座を開き、全員で富士山を折りました。せめて富士山に会えなかったお詫びです。夕食は、皆様が楽しみにしていたすし会席に舌鼓を打っていただきました。1時間の夕食の後、バスは解散場所のJR静岡駅に向いました。ここで前夜折った和紙の折鶴を一人一つずつプレゼントしました。「鶴は、日本では永遠の命の象徴です。皆様の旅が実り多いものになりますように、この鶴とともに無事に本国に戻られますように祈っております。」と申し上げてお別れの挨拶としました。鶴の羽に片仮名でお名前や好きな言葉を日本語で書いて差し上げるととても喜ばれました。中には、彼女の好きなジャスミンを漢字で書いてほしいという方もいて、いまごろあの鶴は どこにいるのでしょう。

バスから降りるなり手を差し伸べて、Thank you very much.と言ってくださる方もいて、あいにくの天候でしたが、皆様それぞれにこの旅を楽しんでいただけたと私たちガイド2名もうれしく感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 この案内を通じて、つぎのようなことを学びました。
・ 地図、写真、折紙などを用意したことで、説明が単調になるのを防いだ。
・ 観光案内だけでなく、静岡県の紹介や富士山の成り立ち、日本人の習慣などについてもお話し、広く日本について、知っていただいた。
・ 外国の方とクイズをしたり、逆にこちらから質問をしたりして一方通行の説明にならないよう、心がけた。

しかし、なんと言っても一番感激したのは、皆様が一生懸命私たちの説明を聞いて下さり、この旅を楽しんでくださったことです。私たちもおもてなしの心を持って世界各国からのお客様と、精一杯触れ合うことができ、いろいろな見方や考え方を教えていただきました。このツアーで学んだことをこれからガイドの仕事に、生かして行きたいと思います。

文責は濱井でした。

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