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ふじのくに静岡通訳案内士の会

通訳案内士の仕事および観光情報を発信しています。 お問い合わせはshizuoka-guide@e-mail.jpまで

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富士登山ナビゲーター2011 

昨年に引き続き今年の夏も行われた富士登山ナビゲーターの活動に、
今年も参加してきました。
遅くなってしまいましたが、その時の様子を簡単にご報告いたします。

ナビゲーターの主な業務は、富士登山者や観光客への装備や登山指導または観光案内です。
通訳案内士としては、主に外国人への通訳案内を期待されてのことでしたが、
日本人の登山者・観光客にも同様に声掛けやチラシ配りを行いました。
富士登山では、深刻なものから軽微なものまで、様々な危険が待ち構えています。
不十分な装備や山に関する知識不足、あるいは自己の体力への過信などがもとで
登山者が大きな事故に巻き込まれないよう、できるだけ多くの方に話しかけるようにしました。
具体的には、「体調が悪くなったら、無理しないで引き返すことも選択肢の1つに
入れてください」とか、「天候が悪くなりそうですが、防寒具は持っていますか?
雨具は持っていますか?」などの内容です。
須走ルートについては、途中で山梨県側の吉田ルートとの合流点があるために、
間違って反対側に下山してしまわないよう、標識等には特に注意を払うようお伝えしました。
逆に山梨県側からこちらに間違えて下山してしまった方々には(外国人のみならず、
少なからぬ日本人の方々も間違って下りてこられます)、励ましたりなだめたりしながら、
山梨方面や東京方面などへの帰り方をご案内しました。

fujisan

須走口5合目で受けた質問で多かったのは、「頂上まではどのくらい時間がかかりますか?」
とか「山頂付近の天気はどうですか?」といったものです。
あとは「近くの温泉を教えてください」とか、植物や昆虫の名前を尋ねる方も
結構いらっしゃいました。
5合目の観光案内所では、定期的に登山道の山小屋に電話をかけて宿泊状況や天候を聞き、
その情報を案内所前のボードに掲示していましたが、「これは助かる」といった声も
多くいただきました。
また、外国人の登山者・観光客の方から受けた質問の中には、
「(晴れた日に姿を現した富士山を指して)あれは何という山なのか?」とか
「ここから上へはどうやって登るのか?」といったものもありました。
通常ポストカードの写真や浮世絵などに描かれた富士山と、5合目から見える富士山の形は
実際かなり違っているため、戸惑われるのでしょう。
また、交通手段は5合目までしかなくそこからは徒歩で山頂を目指すしかないことや、
富士山で現在よく利用されている主要ルートは計4つある、
といった知識は、外国人旅行者にとってみれば
かならずしもあたりまえの事柄ではないのだということも再確認しました。

ナビゲーターとして勤務した2か月間で多くの登山者・観光客の方々と
お話しすることができました。
その中でも、台風が近づいていたある日、たいへんな遠隔地から来られたある登山者との会話は
いまでも強く印象に残っています。その日、5合目はまだ小雨程度でしたが山頂付近ではすでに
暴風雨が吹き荒れ、この方も登山を途中で断念されて5合目に引き返してきました。
「遠くから来られたのに今日は残念でしたね」と声をかけると、この方は落胆どころか
逆に満足しきった表情を浮かべておられ、「いや、これも富士山なんです。
今日は来れて本当に良かった」という言葉を残して帰っていかれました。
この方がその時、「晴れてよし / 曇りてもよし / 富士の山 / もとの姿は / かはらざりけり」
という山岡鉄舟の歌を念頭に置かれていたのかは知る由もありませんが、
私は、ちょうどその頃読んでいた「日本の理想 ふじのくに」という本の中にこの歌が
たびたび引用されていたので、それを思い出しました。
この本の著者である現職静岡県知事の川勝平太氏は、同著作の中で
「富士山は単なる自然ではなく精神性をはらんだ、日本を代表する文化的景観である」
とも語っていますが、
実際に現地で人々との交流を通してそれを実感できたことも、この仕事をやって良かった
と思えた理由の一つです。

fujisan-ame

来年も国内外から多くの人々が富士山を訪れてくれることを祈って、
また日本人共通の心の故郷としての富士山の意味が再認識され、
世界文化遺産への登録が一層進展することを願って、2か月間にわたる勤務を終えました。

By Koji


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箱根ツアー 

  箱根ツアー添乗記

11/11、アンビアさんのジャンボタクシーで、6名のお客様を『箱根』にご案内致しました。 グランシップで開催中の「リハビリテーション学会」参加者のスパウスプログラムです。

予報通り、朝からあいにくの空模様です。 雨がシトシト降っています。。
富士山、箱根の素晴らしい景色を期待できない、通訳ガイド泣かせの状況です。
まず向かったのは、『大涌谷
「いつもだったらこの方向に雄大なが見えます。」と
帰路を含めて一日このフレーズを何回言ったんでしょう・・

車の中で、目的地の大涌谷、黒タマゴ箱根関所の歴史背景・人見女、
寄木細工
の用意した見本をお見せして伝統工芸の説明を簡単にしました。

今日のお客様は、道中、車窓から景色を楽しむことができません 
ここは、FUSIONの“おもてなし余興”の出番です

手作りテルテル坊主に、10代の娘さんが“pretty”とにっこり。
「私達が子供のころ、よく遠足、運動会、の前の日は作って、軒先につるして翌日の
”perfect day ”をお祈りしました。昨日祈りながら作りましたが・・・ごめんなさい。
効きませんでした。」
と言ったら、英語が少しお解りになる運転手さんが・・
「作らなかったら、きっともっとひどい雨だったですよ~」と、優しいフォローを。。
 
何せ、助手席に座ってのマイク無しタクシーでのご案内は、初めての体験です。
小道具をこなすスペースが・・態勢はキツイですが、運転手さんとは自然とパートナーになっておもてなしです。
車内は少人数でアットホームな雰囲気で、いい感じです。

黒タマゴの“1個、食べると7年寿命が延びる、2個で、14年延び、3個では、むせて喉を詰まらせ・・4個では、高コレステロールで大変な目に“の談ではクスッと笑いをとって・・

寿命関連で日本人の”長寿祝い”「米寿」「茶寿」ネタを、体を捻りながらお見せして・・なんとかご披露。
「漢字ネタ」「一から十までの日本語のカウンティング」を英語ストーリーで・等々楽しんでもらっているうちに・・箱根山中に入りました。

乙女峠のふじみ茶屋付近は富士絶景ポイントの一つです。
車を少し止めていただき、“ふじみ茶屋からの富士山”の写真をお見せしました。
又、“晴れていたら・・こんな感じです。”と、本日の定番フレーズです。

明治天皇の御行幸前の名称は「地獄谷」で、その際に改名された『大涌谷』。
風雨の中では、なぜかあの特有の強い”硫黄臭”は薄れる?ようで気になりませんでした。
観光センターでは悪天候にもかかわらず、多くのお客様が黒タマゴの到着を待って行列を作っていました。
娘さんたちは、寄木細工の「秘密箱」を気に入られて購入されました。

次のポイント『箱根関所』に向かいましたが「芦の湖」も雨と靄にかすんで見えません

関所 瞳女
京口御門に・・               人見女

関所では冷たい雨の中寒さも増してきたので、順路に従い一回りして資料館はパスしました。
外国人の興味の対象は、想像がつかない場合があります。
“侍の世界”に余り興味のないご様子の彼らの場合は、休息所の「囲炉裏(いろり」」と
「お釜」に大変興味深いご様子でした。

ランチは由緒ある「山のホテル」の日本食を楽しまれました。

ランチ山のホテル
 寿司、てんぷら、そば・・♪

5月には広い庭園に、30種類のアゼリアと300株シャクナゲの競演で、
素晴らしい眺望の老舗ホテルです。
にぎり寿司セットのランチを選ばれ、ホームタウンのシカゴでは回転ずしの常連だとか。
17歳の娘さんは何と,おもちが大好きだそうです。嬉しくなっちゃいますね~♪

美味しいランチをいただいた後、『金沢ウッドクラフト』へ。
お客様の楽しみにしていらした寄木細工工房です。
小さいけれどきれいな"ギャラリー&体験工房"です。
とても感じのよい応対の御主人が笑顔で迎えてくださいました。
雨ということもあり工房も空いています。 ラッキー
すぐに、実際に「寄木作り体験」ができるということで、“皆さんやってみますか~?”の質問に
YES! YES!”と即答です。

体験寄木 2体験

40ピースの様々なカラー&形のウッドピースを組み合わせて自作のコースター作りです。

ご主人が親切に、歴史、工程等を説明して下さり、逐次通訳させていただきました。
寄木造りには、無垢と貼りの2種類あってそれぞれの工法は全く違うのです。
興味深い伝統工芸を、素敵な見本を見せてもらいながらの説明に“スバラシイ!!
と感激です。

寄木無垢 貼り寄木
 寄木“無垢”               寄木”貼り”

この「金指ウッドクラフト」には、伝統工芸士がおり、毎年駅伝優勝チームの為に
寄木細工のトロフィーを作っているんです!それは、素敵なんです
車の中で「箱根駅伝」のお話もさせていただいていたので・・ショーケースに展示してある
トロフィーを見て、その出来栄えに皆見とれました。

トロフィー 気に入り寄木
  駅伝優勝トロフィー             私の“魅せられた無垢作品”                

私自身も「寄木細工」がここまで素晴らしいとは、これまで認識しておりませんでした。
日本の伝統工芸は、世界に誇れる「日本の宝」ですね。

1時間ほどで、6つのそれぞれ個性的なコースターが出来上がり、6つの素敵な笑顔です
作業中、笑い声で包まれたり、作業に熱中したり、作品にご満悦な笑顔と・・とても楽しまれて、
それは悪天候を埋め合わせるものとなり、私も心から“ヨカッタ~!”・・
ホッとしました。

帰途の車中は、「富士山の歌♪」を日本語、英語で楽しみました。
合唱が終わると、運転手さんが左手を挙げて、大きな声で“イエーイ!”
この盛り上げのおかげで、皆さん笑顔で二度も歌って下さいました。
私のへたくそな歌唱指導も御愛嬌でしょうか~??
次回は譜面もつけてあげたいな♪と思った次第です。

お別れのときが近づき、FUSION恒例の、五円玉(ご縁)、鶴の折り紙(ご多幸の祈り)を
コンベンション協会様ご提供の“静岡ポストカード”の袋に入れてお配りしました。
いつもながら、これは喜んで下さいます

ホテルに到着・・それぞれの方に“Thank you so much for today” と
握手してご挨拶をすると、ドクターが私の耳元で”My wife loves that song!”と
お優しい言葉を下さいました。
こんな時はいい思い出作りのほんの一端を担えたかな・・?と、ほんわりと心が温まって、
案内士冥利です。
こんな交流が、もっともっと頑張って勉強せねば、したい!・・と力をくれます。。

最後に今回の感想です・・
FITでご案内をするケースで、天候に恵まれない場合は、
ケースバイケースではありますが・・・やはり「体験メニュー」とかは必須かと思いました。
雨にけむる観光地より、日本文化体験をENJOYしていただければ、より満足されるのではないでしょうか。。

おもてなしの心」を最優先に、よりご満足をいただけるご案内を目指して、
研鑽を積んでいきたいと思います。

今回もいろいろ初体験で勉強させていただくいい機会をありがとうございました!


                                 by Akiko

名刹臨済寺 

名刹・臨済寺

10月15日、静岡市葵区にある臨済宗妙心寺派の禅寺、古刹『臨済寺』の特別公開に行ってきました

臨済寺』は今川家の菩提寺ですが、現在は全国各地から修行僧の集まる道場となっている為、
普段は外から眺めることしかできません。 
年二回(春、秋)、文字通り、特別に一般公開していただけるのです。
年に二回だけの公開とあって、数多くの方が楽しみにして訪れます。

2臨済寺2 s臨済寺
         本堂                   座禅堂

当日は『摩利支尊天の法要が、厳かに執り行われておりました。
境内に、多数の僧侶による読経が響き、心が引き締まる思いでお参りしました。

明治以前は、『浅間神社』に鎮座されていたものが、神仏分離の令により、ここ『臨済寺』に移されました。
もともとインドで、日月の光、陽炎を神格化したもので、常にその形を隠し、障難を除き、
利益を与えるという神です。
日本では“武士の守り本尊”とされ、特に徳川家康公の信奉の厚かった、“戦いの神”です。


秋の小雨が舞う古刹は、それは、趣深く、悠久の時の流れをしみじみ感じます・・・

国の重要文化財に指定されている、大方丈(本堂)をはじめ、『臨済寺』は貴重な文化財の宝庫です。
今川家と徳川家の代々の立派なご位牌が、仲良く並んでいて、不思議な気持ちですぐ真近に拝めます。

今川義元公をはじめ、代々の徳川将軍の直筆の書や絵画一休和尚直筆の書「佛道」、雪舟の「山水画」、
写真が趣味だった慶喜公の「写真帳」には、当時の『臨済寺』のセピア色の写真が・・・
等々大変なお宝の数々です。

7寺 5寺
     徳川家康公筆            今川義元公像  今川氏輝公像

こんな恐れ多いお宝が、本堂の壁に掛けられて、目の前を遮るものは何もないのです。
寅年の家康公の「」の書の筆の運びから、その息遣いまで感じられるような・・そんな距離で拝見させていただきました。

そして、なんと、撮影も可能なんです。
多くの見学者にとって、なんて寛大でありがたいことでしょう! 皆さん、ビデオカメラ、高級カメラ持参でした。
私も、カメラでフラッシュこそ遠慮して、所蔵品を少しだけ、撮らせていただきました。

裏山の頂には「夢想庵」とよばれる古い小さな茶室があります。
長い長い時を経過した体の色あせた回廊を踏みしめ登る先は、”侘び・寂び”の幽境地です。
とても、趣のある庵です。
京都の大徳寺「南朝亭」の写で、炉は慶喜公のご愛用の物とか。

9寺 8寺
      「夢想庵」              「夢想庵」からの展望・・

「夢想庵」という名が相応しい、さながら簡素で、品格のある空間です。
茶室から、お庭(池泉回遊式、桃山~江戸にかけて完成)を挟んで、境内・伽藍を見渡せます。


・・ちょっとここで余談ですが・・

お庭の軒下の石畳に、小さな、蛙、亀、猿の石像(?)がそれぞれ向き合って置かれています。
ふと目に留まり・・”何気なくて、素朴で、素敵!いいなあ・・”と、しばし眺めていました。。
三匹で何を話しているんだろう?
何か”言われ”でもあるのでしょうか?(ご存知の方、教えてください!)

10臨済寺



臨済寺大方丈は、2回戦火に遇い焼け落ちているそうです。

1568 武田信玄により焼き打ち
1572 正親町天皇勅命により、信玄、再建
1582 徳川家康により焼き打ち
1582 家康、再建

茶室に続く回廊のみが、延焼をを免れたということです。
それにしても、いにしえのつわもの達は何故にすべて焼き打ちしてしまうのか?
先住者の形跡を消し去ることで、怨念さえもなくなるとでも・・・??と独り言。

それにしても、モッタイナイ!もったいないなあ! 
どれほどのお宝が灰になってしまったんだろう・・とぶつぶつ。

本殿の一画に、「竹千代君手習いの間」が復元されています。

臨済寺

臨済寺は戦国時代、今川義元の軍師でもあった太源雪斎が住持していたお寺です。
幼少時代の家康公が今川家の人質になり、駿府に住みここ臨済寺に通い、
雪斎禅師より字を習い、書史を読み、兵書を学んだという部屋です。

薄暗い4畳半の部屋を見渡し・・”こんな部屋で、日本の歴史に大きな足跡を残す人を作ったんだなあ・・”
と感慨深く想いをはせているそんな時、後ろで子供が“竹千代くん・・てぇぇ・”と読む声が聞こえ、思わず笑顔に。

近くて遠かった、『臨済寺』。
静岡に生まれ育ってウン十年。 今日初めて、『臨済寺』に脈々と流れてきた長い”時の証”に、
先人たちの想いや足跡に、”生”で触れたような・・そんな気がして、感動しました。

心がちょっとだけ豊かになったような・・有意義な一日でした!
素晴らしい、名刹です。

まだ、公開の機会を逃している方・・来春は必見ですよ~『臨済寺』!


最後に・・いろいろご説明下さいました僧徒様、ありがとうございました                     by Akiko