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ふじのくに静岡通訳案内士の会

通訳案内士の仕事および観光情報を発信しています。 お問い合わせはshizuoka-guide@e-mail.jpまで

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玉露名人・東平さん宅訪問 

12月某日、久しぶりに玉露名人の前島東平さん宅に伺わせていただきました。
お世話になっている、そふと研究室坂野さんと千代田タクシー加藤社長
お誘いいただき、この度新築されたばかりのお宅訪問でした。

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玄関前には、「もてなし農家 東平玉露茶ばら」の看板が。
ここ岡部町の朝比奈玉露は、宇治、八女と並ぶ日本三大玉露のひとつ
東平さんが心を込めてつくった玉露は、なんと
紅茶で世界的に有名なマリアージュのセレクションのひとつになっているんです。
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玄関にはこれまでのお茶のコンテストなどでいただいた賞の数々が飾られていました。
賞をいただくことも喜ばしいけれど、十段の茶名人の方や和菓子屋さんなどに、
信頼の一言を寄せられたことが何より嬉しかったそうです。

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新築のお宅はとにかく素晴らしかったのですが、とりわけ、
玄関横のお部屋の壁に設えられた「富士山」には見入ってしまいました。
漆喰にはお茶の葉が混ぜ込まれているそうです。本当に素敵です。

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この富士山の間で、極上のひと滴をいただきながら、
東平さんの笑顔とお話に癒された贅沢な時間を過ごさせていただきました。
楽しい時間は経つのが早いものだと、つくづく思いました。


東平さんが静岡のローカル番組「しょんないTV」に出演されたお話も飛び出し、
「2013しょんないMVT大賞」候補にノミネートされているらしく、
「是非投票して(笑)」と言われました。
「今年しょんなかった人への投票だよ!?」と突っ込まれていましたが、
「それでもいいだよ」と笑顔で答えるお茶目で素敵な東平さんでした


投票画面がこちらですので、よろしければ23日まで受付らしいです(笑)↓↓↓
http://www.satv.co.jp/0300program/0040shonnaitv/mvp/index.html

注)「しょんない」とは、静岡弁で「どうしようもない」という意味です。


お茶の栽培や製造についての貴重なお話から、とりとめもない冗談まで
実り多き時間となりました。
東平さん、癒しの空間・時間をありがとうございました。
そして坂野さん、加藤社長、お誘いくださってありがとうございました。
また次回お会いできる機会を楽しみにしています♪

by Hiro


* 上記に記載の人物名・写真については、ご本人の承諾を得て掲載させていただきました。

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『寄せ書き日の丸』 

『元米兵日章旗返還』に際して市内観光及び記念行事のお手伝い』

12月5,6日に元アメリカ軍人のケネス・アドスタッド氏(92歳、イリノイ州在住)が
来静しました。
ケネスさんは第2次世界大戦中に第4海兵師団の伍長として、
戦車への弾薬や燃料の補給を担当し、1944年6、7月に北マリアナ諸島の
サイパン、テニアン島で戦闘が行われた時に、
日本兵の遺体から日章旗などを「記念品」として持ち帰りました。

ケネス3    ケネス2

近年になり、保管しておいたそれらの品物を遺族に返還したいと願うようになりました。
日章旗の寄せ書きの会社名や個人名から西伊豆町周辺に関わりが深いことが判明しましたので、
静岡県の協力を得て今回の来日が実現しました。
関係機関の懸命の調査にもかかわらず、残念ながら戦死した日本兵(遺品の持ち主)や
ご遺族にたどり着いてはいません。
そこで返還された遺品25点は静岡市葵区の護国神社にある「遺品館」に展示されることとなりました。 

 5日は、静岡市内の観光が行われ、通訳案内を担当させていただきました。
午後の時間を利用して、静岡浅間神社、日本平より富士山の眺望、
しずおかO-CHAプラザでのお茶体験などを楽しんでいただきました。

ケネスさん


また、日本平ホテルでは朝日新聞の取材を受けました。
このような取材に立会う機会に恵まれ、当時のサイパン、テニアン島の様子、
また遺品を持ち帰った状況など貴重なお話を伺うことができました。
なににもまして、ケネスさん御一行は、日本平からの素晴らしい富士山に大満足でした!

6日は、静岡県庁舎で、関係者、協力者、旧軍人会、遺族会、県庁職員の面々が
ケネスさんをお迎えしての懇談会、知事を交えて日章旗返還セレモニー懇談が行われ、
アメリカ横田基地メディアを含め各マスコミ報道陣で一杯でした。 

ケネス2

ケネスさんは、日章旗をはじめ写真、手帳、帽子等を大切に持参されました。
特に、日章旗は、持ち主がきっとそうしたように、懐にしっかり畳んで入れていたのです!

2015年夏で戦後70周年を迎えます。
「OBON2015」というキャンペーンで異国に眠っているすべての日章旗を
70周年のお盆までに故郷に戻したいと頑張っておられる方々がいます。
今回のケネスさんもこの運動を知って行動されたのです。

セレモニーを無事終えて、日章旗と遺品はご遺族が発見されるまで全て
「護国神社・遺品館」に奉納管理していただくために、ケネスさん御一行、旧軍人会の皆さんが
夕刻、護国神社に向かいました。

宮司様は、温かい笑顔でお出迎えくださり、ショーケースの中に、
今回の日章旗をしっかり納めていただき、ケネスさんも安心のいい笑顔です。
多くの「寄せ書き日の丸」が家族のもとに帰ることを、また二度とこのような悲劇が
生まれないことを心からお祈りしました。

ケネスさんは、日本の関係者の皆様のご尽力に深く感謝するとともに
「自分の残された時間を考えると、今日本の遺族に遺品を返還することは、私の使命(mission)である。
日本人にとって、このような品がどんなに大切なものか、今は十分理解しているので、
もし遺族に会えたら当時の状況についてお伝えしたい。」
と語っていた眼差しが、とても優しく印象的でした。

今回は貴重なシーンに出会えて、感慨深く、又先人たちのおかげで
私たちが今あることに、しみじみと感謝する
いい機会をいただきました。

ありがとうございました。
                               by Prudence&Akiko

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