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ふじのくに静岡通訳案内士の会

通訳案内士の仕事および観光情報を発信しています。 お問い合わせはshizuoka-guide@e-mail.jpまで

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新居関所に行く 

こんにちは。先日の静岡コンベンションの際に、新たにメンバーとして加えていただきました磐田市のIです。これからも微力ながらも皆様のお役にたてるよう頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

さて4月の始めに、同じく西部在住の方と新居関所を見学にいきました。
ここはおそらく静岡県の名所の中でも最も西に位置するものの一つでしょう。この日は、私達の日ごろの行いがいいのか(??)前日からの嵐もすっかりおさまり、午後には外国人の訪問客の姿も見受けられました。

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この地に関所が最初に設置されたのは、慶長5年(1600)徳川家康が五街道を定めた際の江戸防衛政策の一環としてでした。その後、地震や津波のため2度の移転を経て現在の地に落ち着きました。現在は浜名湖の埋め立てによって、関所もずいぶんと内陸にあるように見えますが、当時はちょうど上の写真の石垣のところまで浜名湖が来ており、ここには「今切の渡し」と言われた船着場のあとが再現されています。東海道の旅人は対岸の舞阪からは船で渡ってくるしかなかったんですね。120ほどあったというボートも関所で管理していたそうです。
また、ここは日本で唯一江戸時代の面番所の建物が現存している関所として大変貴重で、国の特別史跡にも指定されています。この点は実際のガイディングの際もぜひ強調しておきたいですね。  

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面番所の内部では、様々な人形を使って取調べの様子が再現されています。特に厳しく取り調べられたのは、「入り鉄砲と出女」すなわち江戸に持ち込まれる武器と江戸から出る女性です。

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これは女性の通行手形のコピーですが、文頭に「小女」とあるのは、未婚の女性のことだそうです。手形の内容に少しでも間違いがあれば、女性は通行が許可されませんでした。また、「あらため女」と呼ばれるチェック係の取り調べもありました。当時の記録によると、関所を通過する人の数は年間約10万人で、女性はそのうち0.1%すなわち100人たらずだったことを考えても、女性にとって関所を通過するというのはかなり大変なことだったと想像できます。

面番所を見たあとは、隣接する資料館に移動、ここには旅道具をはじめ様々な資料が展示されていました。そのあと100mほど歩いて、徳川御三家の一つ紀州徳川家の御用宿を務めた旅籠紀伊国屋の建物を見学、当時の旅人の気分を味わうことができました。
今回の訪問で印象に残ったことの一つは、関所のみならず、関所を中心とした界隈一帯に、当時の雰囲気を再現しようという努力が垣間見られるということです。私達が立ち寄った喫茶店もそうですが、関所の前の通り、すなわち旧東海道に立ち並ぶ建物のいくつかが、街並みに合うように江戸調のデザインを採用していて好感がもてました。
また隣接する関所の駐車場も平成20年から拡張工事に入り、現在は広い駐車場と感じのよい公共トイレが設置されています。このトイレは少し前の自転車レースで大変な数の人が利用されたと聞いています。
皆様も浜名湖のそばまで来られた際には、ぜひこの静岡が誇る歴史的遺産にまで足を延ばしてみてはいかがでしょうか?
(I)
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